ペペロビッヒ元少佐とシャルロット隊長のおくるメリー・クリスマス

兵舎の食堂はどんちゃん騒ぎの、正規兵も雇用兵も入り混じったお祭り騒ぎの渦中にあって、下品な見世物_例えばサンタクロースの担ぐプレゼント袋を股間に垂れ下げて『キンタマクロース』と名乗り、陰嚢を模したそのゴミ袋を下敷きに煙突へ飛び込んで火を消す_といったものから小洒落た手品のようなものまでが披露されていたが、誰も今日のメインイベントを忘れていない。前回のクリスマスが記憶にまだ新しいペペロビッヒは特にそわそわしていた。時計を見る。うむ。大丈夫。
「用意はできてるか」「勿論ですぜ」彼の弟分のフリスビーはサンタクロースの格好をして、『キンタマクロース』を見物する人々に目を合わせると、彼らは一目散にトマトケチャップやソースもしくは暖炉の煤で薄汚れた軍服を脱ぎ捨てる。『食堂内での帯銃禁止』と張り紙されているにもかかわらず、帯銃しているガンマニアまでもが素直に荷物を隅へ寄せ始める。数分もするとなんと全員がタキシードの紳士に早変わり。「髪を梳かねぇと紳士とは言いがたいんじゃねえか?」とクシを懐から取り出した者たちが各々のボサボサ頭を撫で付け始めた。
兵舎の煙突を登り切り望遠鏡を覗き込んでいたフリスビーは目標の姿を認める。「敵影、二時方向に確認!」と下にいる紳士たちに声をかけると「了解!」との返答。


足取りは重いが頑固としてテンポは崩れない。激しく身を責め続ける吹雪などに屈しない。シャルロットは急ぐこと無く兵舎への帰路を歩いていた。<氷の恩情>との渾名を陰で囁かれている彼女なものだから、雪より彼女の体温のが冷たいかもしれない……が、しかしそのとき彼女の口からぼそっと漏れたのは「……寒い……」という彼女らしからぬ弱音だった。
今宵は偶然にも哨戒任務の番に当っていた。長らく敵襲のない傭兵会社の兵舎において、哨戒任務はもはや形だけのもので兵士の中には『都合よく』『任務を遂行できなかった』者までおり(もちろんそのような者の殆どはシャルロットの容赦無い制裁を貰う羽目になるわけだが、中には「それがたまらないっ」と言ってわざわざ堂々と任務を怠ける者までいた)、正直なところ彼女自身もクリスマスに哨戒任務へ赴く気力は減退していた。だが兵舎の責任者であり兵士たちの模範たる彼女は<融通や柔軟>といった言葉に甘んじるわけにいかず、部下をひとり連れて哨戒任務へ出て行った。
兵舎の辺りを回るだけとは言うものの、規定されたポイントで立ち止まって周囲を確認しなければならず、周回の数も十回に及ぶ。重い腰になるのも当然ともいえる作業と化していたが、彼女はそれを一人でこなしていた。連れが途中で「ションベン行って来ます」と彼女のそばを離れたあと行方は知れなくなってしまったからだ。当然その顔は覚えているのでどういった体罰を与えようか入院は何ヶ月で済ませてやろうかなどど考えながら積雪に足踏むと、しだいに日は暮れて、風は強くなり、彼女の機嫌は記すまでもない。
さてすべての周回を終えて、兵舎の入り口に彼女は立った。吹雪の音のせいなのか、兵舎の中から音は聞こえず何時になく静かだ。この扉を開けると年齢を弁えない各人による喧騒に迎えられるはずなのだが……彼女は兵士の精神年齢を数えると恐らく一番上だという自覚があった。元気なのはよいことだが必要以上に元気だと戦場で死ぬ。そんな遠い昔に教わった上官の言葉を思い出す……訝りながらも扉を開ける。暖炉の灯りの代わり暗闇が開いた隙間から覗けた。


ぼっぼっと闇に空中に火が灯る。それは手に持たれたたいまつの灯りだ。「メリークリスマス」上品で様変わりした声に出迎えられてシャルロットは戸惑う。入り口から赤い絨毯が敷いてあり、絨毯の両脇にたいまつを持ったタキシード姿の紳士が二人いた。「こちらへご案内します」と声をかけられて、「お、おう……」と戸惑いを隠せないのが態度に現れる。そのうち外套が丁寧に脱がされて、シャルロットの目は下を向いて未だに困惑のまま。しかし彼女は<氷の恩寵>、直ぐさま事態の異状に対応し「何のつもりだ」と尖った声が出る。
「今宵はっ、ク、クリスマスであります、ですからその、」言葉に詰まった男を片側の男が助ける「日頃お世話になっている団長へのお祝いに、催し事を開いているのであります」お祝い……その単語に気を咎めつつも意味を理解するに至った彼女、「ふん、良いだろう、丁重にもてなせ」と返して俯く。その表情はうかがい知れないが、凍りついた<融通や柔軟>が溶け始めたのは紛うこと無い。
案内された部屋は食堂だ。「メリー・クリスマス!」と掛け声、歓声に出迎えられる。暖炉の火に照らされたテーブルの上にはロウソクの立てられたケーキ。丁寧に盛り付けられたとは表し難く、いかにも料理をしない野郎共のドヘタな手先によって凝らされた趣向だが、料理を苦手とする彼女には関係がなかった。「貴様ら……」顔は<氷の恩寵>然としていて一向に顰め面を崩さないが、声色は聞いたことのないような色に変わっていた。
するとここにペペロビッヒが参上、暗闇から暖炉の灯りへ歩み出た彼はケーキに入刀して、切り分けた欠片を小皿に盛る。所作はスムーズに行われ、まるでいつもの彼ではない(彼だけタキシード姿でなくいつもの軍服だったが)、そして一言。「隊長、メリー・クリスマスです」
「フッ、」史家は歴史を綴るが、歴史を紡ぐのは人々だ。このとき彼ら傭兵会社属兵士たちは歴史的瞬間を紡いだといえるだろう_「フフ」彼女が微笑したのだ。その微笑が響くや否や灯りはライトアップ、「うほおおおおおおおおおおおおおおおおお」の歓声ともに服は脱ぎだすわコップを床に叩きつけるわお互いを殴りあうわのしどろもどろの大騒ぎ。
そしてその喧騒にまたもや「うおおおおおおおおお」の声が暖炉から響くと次に「キンタマクロースだようううう!」と叫び声。ドスン!と火を潰して登場するは我らがキンタマクロース!「イェア」と暖炉から身を起こそうとするも暖炉の穴は思いのほか狭くてなかなか通れない。しかし場はすでに狂騒に支配されて誰も彼には気付かない。そうすると押しつぶれた火が勢いを取り戻してキンタマクロースないしフリスビーのケツに火が点き始めて「ねえちょっと、おい、誰か、おい、燃えてんすけど、ねえ、燃えてるよ、サンタさん燃えちゃってるよ、ねえ、誰か、ねえ、」


雪は次第にしんしんと降り始め、その轟々たる風音も失せていき、かわりにフリスビーの断末魔が夜空によく響き渡る。今宵はメリー・クリスマス。

@goodbyewoosiete