真・ペペロビッヒ少佐のだいぼうけん S-01「CPB傭兵派遣会社行軍行路」

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営に到着したとき不意に男たちが湧き立ったのを「黙れ」と一喝で制したシャルロットはその心の内、憤っていた。
(今作戦において傭兵会社の扱いにとやかく言える筋合いは我々にない。しかし腑に落ちん)
 しかし彼らの理念と希望、会社の姿勢とは違った役割を押し付けられたことにより、部下たちは声を荒げている。元来が荒くれどもである彼らは発奮を抑えることのできない者どもが紛れており、そんな彼らはこうして腐り始めた。
「ケッなにが“縁の下の力持ち”だ。こちとら正規のお騎士様よりだいぶ訓練を積んでるはずよ」独りごちるクレーンに周囲が反応する「全くだ」「お騎士様は暖炉でミカンでも喰ってろ」「老いに怯えるジジイよか素直に老いた我らは誇らしい」
 「黙れ」再び一喝。歳だけ食った大きなお子様を叱れるのは、彼女の有するカリスマのお陰。そしてこの場の荒くれに限らず傭兵会社の下っ端の誰しもが彼女に惚れているというのもある。畏敬と恋慕、この二つの奇妙なブレンドで彼女は崇拝されていると言っても過言ではない。
「クレーン、貴様立て」始まった……とザワつく荒くれはその一人一人、青褪めた顔をしている。仲間の苦痛をいたわる情緒は人一倍なのだ。伊達に歳を食っていない。クレーンが立ち上がる。脚をガクガク体はブルブル。これから始まる言弾の打擲を思えばこんなものでない。

「貴様ら鼻クソ共が守らなければならない猿でもわかる“三つの条項”……言ってみろ」
「ハッ、“命令は絶対”」
「次」
「えと……“酒は呑んでも飲まれるな”」
「次」
「……“『黙れ』は一回”……」と小声。「何が守れなかったか分かるな」シャルロットが歩き始めると、コツコツコツ、慄きが生じさせた静寂に軍靴を響かせる音が鳴る。「前へ出ろ」怒声が怯えで張り詰めた空間を割ると「ひい」と全く関係のない者まで腰を抜かす。
人波を割って前へ出たクレーンの目は泳いでいる。そこへ勢い良く張り手は迫るが、その勢いに反してペチ、と子供でも叱る程度、しかし安堵してはいけない。間をおかず鈍い一撃。股間に膝打ち。クレーンは悶絶して膝を着く「タマを潰されなかったのはタマタマだ。次はない」

 

CBP傭兵派遣会社の社訓その一“当たって死ね!”に表されている通り、彼らは前線に身を投じる戦闘集団だ。元帝国騎士の古参や傭兵稼業のならず者などが集められた集団の戦い振りはなりふり構わずと評され、その人員損耗率は低くない。しかし度重なる戦闘において個々人は引き際を覚え、生きることが強さと自覚し始めた者も居り、生還率は高まりつつ集団としての戦闘能力も高まりつつある。それが社訓その一とすれ違いつつある、との意見があり、社訓その一は“生きて死ね!”に改正される予定だ。
しかしそのような理念と雰囲気に共感を覚えた者が加わったはずであるからして、未だその戦闘への意気や活力は健在。内紛に頭を悩まされ続けたソーネチカ共和制帝国とも提携は絶えず、今や内紛制止の戦力は傭兵会社が八割を持っている。
しかしこの度の西エルフ連邦の共和国離反、宣戦においてはこれ迄に反して妙な役回りが与えられた。
“西戦線における備蓄供給、その運搬”。これに対し会社創設者にして総督社長を務めるノーブルステンからの説明は一切ない。
(何故だ。私もわからない上に荒くれ共も疑問を抱いている。状況は読めないばかりだ。ここ最近の帝国情勢には疑心が募るばかり)
武器や食料、など主に戦争生活必需品を担いだり引き摺ったりして運搬は長い列を成している。腕に自身のある脳筋荒くれはその腕に大木のような荷物を担ぎ、長時間を歩いている。シャルロットは列中央、二頭の馬が引っ張る車の中、天幕が貼られた中で思考する。
(西エルフ連邦の内実は不明、エーテルの消減現象が関わることは確かだろう)
「そうですね、エーテルは彼らにとって我々よりも大事なもんですからね、それが無くなっていくなんで彼らには耐えられまい、まあ俺には関係ないけど」
(しかしそうなると、いま宣戦する機運とは。一体いま戦争をして何になる)
「まあそんなもんですよ戦争なんて」顔面に強力な打撃、ペペロビッヒの顔面はシャルロットのインファイトに見るも無残に破壊され、その苛烈な打撃は顔面に留まらず全身に及び、骨は折れて体は無脊椎動物の如くに成り果てる。馬車が不自然に揺らめくのを見た荒くれは怯える。「私の心の内と会話するな汚らわしい奴め」
「はい……以後、気を付けます……」ギャグコントの性質上ケロリと回復して、五体満足のペペロビッヒ。「もう直ぐシャーテリヤ領ですよ」
(全隊に告ぐ。眼と鼻の先に目的地のテリヤ砦だ。門前へ着きしだい隊列を乱さず待機しろ。私が前に出る。以上)
“声なき発声”で知られる通り、唇だけが動くシャルロットの思考伝播が陣列の兵隊長へ伝わると、(イエス、サー)と返答。傭兵会社の中で思考伝播が使えるのは第一軍団隊長補佐オーウェルとシャルロットだけであって、オーウェルは寡黙な性格であるからして一言の無駄も話さない。その沈黙をシャルロットは気に入っている。
 木々の間を縫うような道の先にそびえ立つ城塞は砦といわんばかりの代物で、シャーテリヤ領主“雷電公”ウォーク・ハイド・シャーテリヤが改築を指揮した結果、彼の派手好きで独特な芸術的嗜好の影響に大いに染まって、石垣の積まれた外壁に囲まれた瓦屋根の屋敷に設えれた。屋敷最上階の内装は金銀で彩られ屋根は金作りの龍の彫刻が構えるさまに対して建築士は揃って顔をしかめたが綺麗なものは綺麗だったので「まあいいんじゃないかな……」と意見を並べた。以来その風変わりはテリヤ領の名物とされてわざわざ訪れる見物人も少なくない。
「しかしどうして俺らが輸送任務なんすかねえ」とペペロビッヒ。
「知らん。中間管理は努めに理由などいらんのだよ。我々は機構の一部であって機構を動かす側ではない。お前小説を書いたことはあるか」
「マスならかきますけど」
これをスルー。「もし自分が書くとして、小説の中の登場人物に勝手に動かれたら困るだろう。勝手に動くというのは、作者の思い描く絵面を無視すること。我々は動かされる側だ」
 「でも俺は勝手に動きますよ」
 「爺さんに奴当たられたいか?」
「ノーブルステンの爺さんが動かす側とね」そういえばノーブルステンの爺さん自著の自伝を出していたとペペロビッヒは回想する。ノーブルステンは国民的英雄であったが今や国民的珍獣で、全土征服戦争の英雄の面影はいまや見る影もなく、あとに残ったのはトチ狂った爺さん。きちがいに刃物、の例として使われる有様だ。彼の出した自伝はたしか『第3回民会文化部による「この本を読むな!」』のベスト一位に選ばれていたはずだ。審査員が「纏めるとうんざりした」と総評したことで話題を呼び、仮にも時代の英雄だった男の書いた本がこれほどまでに酷評されると思いも寄らなかった上流階級の注文が殺到。彼らを待ち受けたのは表紙に並んだ本のタイトル「お前は何故頂点を目指さないのか」と以下の本文だった。
「人生を変える最終の15文字。儂は今まで魔法など存在しないと言ってきたが、実は嘘だ。どんな困難もたちどころに吹き飛ばしてしまう秘密の呪文を儂は知っている。鏡の前に立ち、自分自身に向かってこう唱えろ。『お前は何故頂点を目指さないのか』」引用「お前は何故頂点を目指さないのか」
 そのあとも事あるごと執拗にこのキャッチコピーが引用された挙句200ページに及び精神論だけが語られて本文は終わる。学術書や美術書が書店市場の本流であったからして与えた衝撃は凄まじかったようだ。
風切り音と共に馬車に何かが刺さる音。敵襲か、と固まる二人。そう断ずる前にペペロビッヒは天幕から顔を出してみると車の横腹に矢が刺さっている。矢に紙が括られているのを見ると、こんなことをしでかすのは噂のじいさんに違いない……と敵襲でないことに安堵する。
「あの狂老人は千里眼でも使えるのか」差し出された手紙をシャルロットが開くと、『シャーテリヤに気を付けろ。銃兵を前列に配置、怪しい動向を見たら即一斉射撃の皆殺しにしろ』
ペペロビッヒは中を覗いて「きちがいの戯言と断ずるにはなあ」
「その通りだ。いま私の導火線に触れたものがいる」目を閉じて唸るような顰め面。
「えっ」
天幕の外から怒声が上がるやいなや地が揺れんばかりの衝撃。爆音とともに馬車が揺れ、直ぐさま抗えない力に押し倒される。馬車の横転。回転する視界は真っ白に染まり閃光弾だと気付いたのを最後に、ふたりは気を失う……。

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