真・ペペロビッヒ少佐のだいぼうけん S-02「Love in the Crimson eye」

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覚めたとき現在地は病室であると推測して彼は起き上がった。しかし薄汚れた壁に閉塞的な部屋に黒い壁面に窓の鉄格子は想像する病室とかけ離れた印象を与えた。それはまるで牢屋。現在地は牢獄の一室であると認識を改めて彼は何処ともない宙空へ中指を立てファックサイン。大きく息を吸い込んで「ファ__」だが気晴らしの一声は中断された。
ファックサインへの応答かは分からないが声が聞こえてきたのだ。それも女の子。どうやら歌だ。彼は耳をすませてみる。未だぼんやりしない意識に歌声が流れてくる_

天国は善人でいっぱいさ

みんながみんな、善人さん

地上の生者はいい人ばかりで

閻魔に仕事は流れてこない

天国は仕合わせでいっぱいさ

おれらもかれらも超ハッピー

人のいない地上の果てで

閻魔が地団駄踏んでいる

 


繰り返される歌声は徐々に音量が大きくなっていき、どうやらこの一室に近づいている。彼が位置関係を音で捉えたとき既に遅く歌手とは扉一枚で隔てられていた。そして扉は開かれる_「本日はお日柄も良く_」のクソ丁寧でふざけた挨拶と共に幼い女の子が入ってきて彼をみるなり黒装束から覗けた<紅い目>が見開いた。
「えっあんたちょホントなのえっ」それから彼女はえらく上機嫌に笑い始めたので、彼がやや困惑したのは言うまでもない。だが彼女をよく見てみると目は笑っていなかった。その<紅い目>は脅迫的で彼の警戒心を呼び起こすが、同時に嘲るようでもあるのは見かけ非力な少女だからか。だが気は緩めない_少女は薔薇で棘を持っているに違いないからだ。そう考えると歳も定かでない。魔女は歳すらごまかせる。老獪な少女とは矛盾した存在だが、世界が矛盾に溢れているのを彼はよく知っていた。
「まさかまさかあんた私じゃないよね」
「どういう意味だ?」
「ああそっか、そのうちわかるから気にしないで」
「はあ」
言葉が普段より間延びして聞こえる。次第に空間の輪郭も赤と緑のふたつに分かれていた。それらは自体を無視して勝手に揺らめくことで自体から脱出を図っているのだ。こんな光景を極北地帯で見たと思い出す。「星の奔流」と呼ばれたその現象をみたとき興奮した。しかし其れと眼前の光景はまったく違うものだろう。彼らは意思を持った自体。「超越論的統覚がここのコードと一致しないのね」ますます困惑する彼をみて少女は「ふふふ」とわざとらしい笑みをこぼした。
「ところでここが何処だか分かるかしらん」
「牢獄」
またもや「ふふふ」と微笑む。
「半分正解で半分はずれ。じゃあ私は?」
「看守」
「それは喩えとして正解」
三度目のふふふと共に黒装束から少女の足が伸びた。彼のベッドに近づいてくる。経験のなす技で大体の危機は察知できる彼だったが、この黒装束の少女_もっとも今は魔女と疑っている_の接近ほど想像できない危険はこれまでなかった。接近まで間もない。だがやれることはあるはずだ_文字通り手も足も出なかったが。まるで縛り付けられたようにいや縛り付けられている。恐らくあの<紅い目>の所為。動きの取れない彼にゆっくりと少女は迫り肩に手をかけて押し倒す。両足の間に少女の膝が入った。感覚がなにもわからない。まるで神経だけが抜かれたようだ。蜘蛛は巣にかかった獲物を逃がさない。獲物は恐怖で感覚が鈍るのだ。遂に互いの顔は鼻先の距離。しかし接近は止まらない。<紅い目>が彼の目に焦点を合わせて、艶やかな頬が頬をこする。耳元で声。
「あなたは死なない」
そして顔と顔が向き直る。
「私が殺すもの」
突き放された衝撃でベッドが軋んだ。赤と緑の色彩が視界に戻って、続く強烈な眠気_なんて微睡みだろう。かつてここまで意識のはっきりした微睡みを体験したことはない。意識が失われていく感覚を意識にはっきりと感じる_正確には目覚めの時がきたのだ。彼は光景が現実でないことをなんとなく知っていたので、眠気に逆らおうとしなかった。その痛ましくさえ感じられる<紅い目>だけを視野に残し彼の意識は薄らいでいいき「次に来たときあなたは死人よ」との声が意識の暗闇に響く。
あまりに現実な夢はいよいよ終わろうとしている。覚醒を待つ彼の視界は鮮烈にそれらが焼き付いた_彼女の紅いふたつの目と、鉄格子の向こう、こちらを見つめる巨大な紅い一つ目。


び目覚めたペペロビッヒがくすんだ視界で認めたのはさびれた格子だった。また同じ夢を疑ったが、格子の向こうのテーブルと椅子に座る人間_水色のつなぎを着用している_を視認して現実を認識した。ふたつの意味が重なった認識だ。ひとつは言うまでもなく『今度こそ夢から醒めた』こと、ふたつ目は『俺は捕虜の身分だ』ということ。
「ファック」と呟く。目覚めの掛け声はおおきくげんきよく。「ファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」地の文に載せられていきなり気違いじみた絶叫をあげた気違いの彼を哀れと思う者はここに誰もいない。その証拠に返ってきたのは沈黙で、もちろん続く声もなかった。それどころか青色つなぎは顔すらこちらに向けやしない。このホモ野郎……無言の圧力を受けて彼は冷静になり目覚めの冗談一発をかわされた屈辱を味わい、次いでにようやく捕虜の身分であることを認めた。
さて牢屋となれば冷たい床と冷たい壁を想像するであろうが、床は畳で正座が楽だった_ペペロビッヒは窮地のときに正座をするようにしている。要するに居直るのだ。状況把握に焦りは禁物。情況はつねに彼の絶対王政だ。閉ざされた目の裏で壮麗な王城が再現されて彼は玉座に座した。彼に情報の手下が報告してくる。
手錠「ありません」
足枷「ありません」
猿轡「ありません」
以下は省略される。
ペペロビッヒ殿下「宜しいご苦労」
はやい話が彼は拘留に慣れていた。獄中からの脱出はシャルロットを呆れさせたほど何度も何度も経験している。だから落ち着けた。ここから彼の大立ち振舞。大役を務める舞台役者のようにむしろ程よく緊張していた。
迅速きわまりない正確な状況認識が終わったところ、この情況を監禁だといえる物的証拠は腕に刺さった点滴注射、点滴スタンドに吊り下げられた溜まった血の袋だった。恐らくこの血は自分の血だろう。その推測は正常ともいえる。血の交合性愛者なんて見たこと無いからだ。
「質問してよろしいですか?」相変わらず水色つなぎは見向きもしないが「何だ」と声を返してくれた。
「この点滴は何ですか?」丁寧極まりない口調を心がける_彼なりの。
「餌だ」
「えさ?」何の“えさ”かわからない。。
「餌」この漢字の“餌”だと言うように。
「餌?」なんの餌だと問いかける。
「餌」耳が遠いのかとやや呆れ顔をした。
「餌?」再び何の餌だと問いかける。
「餌!」餌は餌だとの返答。
「餌ぁ?」ペペロビッヒは楽しくなっている。
「え・さ!」聞き耳に配慮した大声。
「餌なのぉ?」煽り。
もう返事はない。
餌なんて冗談ではなかった。血の交合性愛よりもたちの悪い事実だった。そんな性癖を聞いたこと無い。
帯銃はなし_腰に鍵あり_ペペロビッヒは貧血による立ち眩みを覚えながら立ち上がると、点滴スタンドから血の袋を剥ぎ取り始めた。「何やってんだ」と看守が格子に近寄るのを見計らい瞬時に投擲。高速で移動する象の飛び足蹴りに並ぶ衝撃を頭に喰らった男はそのまま気絶して後頭部を床に打つ。これが彼の必殺「見敵投擲」シリーズの「エレファントスイング」_点滴を抜きながら技名を考えた。彼は物を投げるのが異常に上手かった。彼いわく「銃より速く抜ける。」
滑るように抜けた針先から血が滴る。倒れた男を引き寄せて奪いとった鍵で格子を解錠。水色つなぎのホモ野郎以外に監視の目はないことを確認して道を進もうとしたが、どこからどもなく冷たい空気が入ってきているらしく素足が冷えたので辺りに靴を探すと牢屋内側から見えなかった壁際に履いていた軍靴の両足分が並べられていた。監禁する気はあったのかと呆れながら軍靴を取ると、靴の置いてあった床に『夢で終わらせない。』の文字が刻まれている。

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