真・ペペロビッヒ少佐のだいぼうけん S-04「Emergency,Eleanor.」

f:id:nikaisine:20160321211526p:plain

 ーネチカ城下街の玄関として聳え立つ凱旋門“ベノセレク”から、絢爛豪華な街並みを真っ直ぐに進むと、十字路を幾度か越えて、元老院議事堂“ユリアクリアナ”に突き当たる。ユリアクリアナの鉄扉に配備された数人の門兵が俄に集ってきた民衆_もちろん野次馬から鬱憤晴らし、権威嫌い、教授や医者までもが揃った_を剣や槍をかざして抑制する陰で、“黒のリクトル”パイレート・アープが銃の装填を門兵長に披露していた。慣れた手さばきで銃弾が抜かれる。

 


「今のやってみて」と回転式拳銃と銃弾を渡された門兵長は動作を眼で追えなかったようで、ゲートを開いては閉じて開いては閉じての有様。「んもう」とパイレートは銃を引っ手繰ると、目にも留まらぬ手さばきで弾丸を装填して続けざまに一発を上空に撃った。慣れぬ銃声に面食らったのは門兵長だけでなく、民衆も驚いた模様。

拳銃を再び手渡された門兵は内心で慄いていたが、素振りに表さないようにパイレートに向かって頷いた。しかし怖いものは怖かった。この性別不明の先導警士は目が殆ど見えないはずなのだ。手違いで先の銃口が自分に向けられたかもしれないと考えると……穴を開けられた心から恐怖がだだ漏れ。「五月蝿く感じたらこれを人のいない方向に撃つこと。」早く去ってほしかったので顔を硬直させながら何度も頷く。「場合によっては」また銃を引っ手繰ったパイレートが民衆のほうに一発「人に向けても構わないよ」。効果は抜群でまったく静かになった。幸いにも銃弾は宙空に放たれていたようで怪我人は出ていないが、衆列の先頭の何人かが転げ倒れていた。迷いなく銃を向けた動作を思い出して門兵は喉を鳴らす。
「民衆は流血を欲している」とにこやかに言い放ち、パイレートは黒の外套を翻して鉄扉に消えていった。去り際ほのかに香った長髪の香水。あの男女(おとこおんな)は気違いだ。


 リアクリアナ議事堂内は外に負けじとざわめいていた。定員二百名の元老院議員の全員が一堂に会す日ではないのに。
議会の席は散漫としていて、半分は空席といったところを数えた“鉄面皮独裁官”モスカ老は顎を手でなぞって、独裁官用の議席に腰を下ろした。この場は法務官ガレオンの息がかかった元老院に固められているであろう。それが騒がなければよいのだが。目を細めるうちに彼女の付人_これが介護人だのと噂されていたが彼女は一向に気にしていない_が側にやってくる。
独裁官
「何。モスカは聞きます」
「執政官のエレノア様が急遽、亡くなったそうです」
何ですってと出かかった口を強引に噤んだが、腰は上がってしまった。エレノア。ああエレノア。貴公は若き執政官。今、モスカの危機に馳せ参じるべきだったのに、エレノア……。
政務官の死はそう珍しいことでなかった。政務官という公職に就いてなお高潔な騎士精神に従う者は多く、それは民衆が元騎士の政務官_つまり国の為に身を捧げた経験を持つ者_を好んで支持する傾向にあったからだ。執政官も例に漏れず、自ら戦場に出向くことが多々あり、過去の執政官でも殉職した者は多い_但しそれは戦死に限る話で。
「恐らく自殺と伺っております」
「何ですって」今度こそは耐えられなくて叫んでしまった。おまけに立ち上がった。元老院が目を真ん丸にして一斉にこちらを向いた。それらの眼に「とち狂ったのか、ババア」の文字を見て、激高して手が跳ね上がるものの、ゆっくりと力なく降ろし、ゆっくりと力なく席についた。実際に場の元老院たちは彼女の怪力にかかって修理する羽目になりえた独裁官席を心配していたわけだが。“大鉄球”モスカの武名は元騎士の元老院たちに知れ渡っているのだ。
伊達に生きてきたわけでない彼女は己を制御する術に長けていたが、この場において制御を持続させる自信は徐々に失われていくような気がした。自信喪失を恐れた彼女は「ありがとう。モスカはその話をあとで聞きます」と付人を下がらせた。
大体が集まったのをみてモスカは立ち上がって「モスカは特別議会を始める」と机をかるく叩いた。ばんばんと机が打擲されるのに合わせて数人の元老院が慄き目を見開いた。「議長は独裁官が務める」
すると「おやぁ」との声が響き「執政官が両名、不在のご様子だ」わざとらしくいやらしい声が続いた。その声を発するは政務官ガレオンなのだから場において誰も気にしない。「おまけに執政官の連中も数名おらんではないか」とどこかの元老院も声を上げた。肉の垂れ下がった顔を震わせてガレオンが喋り始める。
「この緊急の事態において、任意とはいえ、出席率の少ないこの不始末はいったい。都合の悪い誰かに献金でもされて欠席をお願いされたのでしょうかなあ」
「法務官。モスカは与太話を遠慮せよと命ずる」
次いでに汚職はお前の得意技だろうとモスカは心のなかで呟いた。同じように呟く者がこの場にいったい何人いるのやら……。
「嗚呼申し訳ない、こうしている間にも、反乱分子が攻め入ってきているのでしたな。だから空席が多いわけだ。申し訳ない、続けてくれ」
ガレオンが些末な話を張り上げた声で話すのは彼の権力誇示に他ならない。「……モスカは続けます」
まずテリヤ公の叛乱を題目にあげた。五千の兵士が真っ直ぐに帝城を目指していること、そして到着は間もないことを挙げる。「此れについては大将軍グラディウス・マルケルセスが迎撃する。将兵一万を率いて城下街の外壁に布陣している」
「意見を申し上げたい」とまたガレオンが厭らしくも横槍を入れる。
「モスカは意見を聞く」
「城下街での迎撃を提案する」
これに元老院一同がざわめいた。ガレオン派の元老院までもが揃ってざわめいている。
元老院ないしこの議会は民衆によって構成された民会の要請に拠るもので、それほどまでに民衆の影響は大きい。生産的国民の代わりに盾となり戈となるのが元老院ひいては騎士の役目であるからして、城下街で戦闘が行われることなど、被害を想定すればもっての外であることは誰もが承知していた。
「何故に」
「敵は重装騎兵で構成された精兵で、おまけに妙な呪術まで用いて自然の理まで覆している。これは国家の危機と呼ぶに相応しく厄介だ。野戦で勝負、大いに結構。しかし野戦が軍隊にどれほどの損耗を齎すかは独裁官も兵法をご存知の筈。なればこそ、この場合は城下街に軍を紛れさせて迎え撃つが宜しいのではないか。我が国家の歴史に輝かしい征服戦争以来において、この事態は紛れも無くはじめての戦争。常勝の文字に偽りのないことを国民に知らしめられる機会だ、であろう諸君」すると元老院の席が遅れながらも湧き立った。よくぞ言った、国民は血を欲している、などなどと、献金を受けた連中_恐らくこの様子だと全員だろう_が手を挙げて賛同し始めて、勢い余っては遂に立ち上がり拍手する。
なんということだろう。最初から仕掛けられていたのだ。ガレオンは何らかを企んでいて、それを遂行する為に今回の議会を金で買収、これにより政務官とガレオン派元老院の力関係をはっきりと示したわけだ。こうして仲間を増やすことで狙っているのは執政官の空席_亡くなったエレノアの。
振り下ろされた拳が机に埋没する。「モスカは認めない。護国とは民を護ることだ。兵法がどうだのお前の汚職がどうだの、そんなの知らん認めん許せんッ、モスカは独裁官だ。陛下と独裁官の名において提案は却下、ひいては_ガレオンッ、貴様潰すッ」
ついに抑えのつかなくなったモスカが彼女の下半身ほど大きい鉄球を両手に装着、鎖で繋がれた二振りの鉄球を人間にあるまじき怪力で振り回し初めて、独裁官用の机を破壊、床はひび割れて、凄まじい勢いと怒声をもってガレオンの席まで迫らん_とした瞬間、議事堂内に数発の銃声が響き、その銃弾はモスカの足元に跳弾、彼女は撃たれた方角へ振り返る。鎮静した元老院たちも同じ方向へ顔をやった。
「総員、静粛にせよ。執政官の御前である」そう発した黒い外套の人物の手には拳銃が握られていた。
「流石は“レグレトルの荒ぶる乙女”」そう発したのは隣の白い外套の偉丈夫。「しかし城下街の前にここを戦地にしてはいけない」
“白き獅子”執政官ソレリアと“黒のリクトル”先導警士パイレートの姿がそこにあった。

 

 

 

おまけ

f:id:nikaisine:20160321211621p:plain

 

f:id:nikaisine:20160321211842p:plainf:id:nikaisine:20160321212023p:plain

(左)モスカ

(右)パイレートとソレリア

 

実験的に公開中です