恋するわたしたちのアンチデプレザント

これからもこれまでも要するに七夕の短冊

My life in motion/Workthrough

 

 

2018年にイギリスのリヴァプールにて、エゴン・シーレフランチェスカ・ウッドマンの合同展示会が開催されたと知ったのは、私がふたりで論文を書こうとしていた時のことだった。それまではこの展示会のことを知らなくて、ふたりを題材をにしようと思った理由は、作風の類似という理由だけで、全く偶然のことだった。

結局、残り時間の少なさから、フランチェスカ・ウッドマンを取り扱うのをやめて、エゴン・シーレのみを扱うことにした。

 

エゴン・シーレは1890年生まれのオーストリアの画家だ。幼年から絵が大好きだった彼は、初期作品はグスタフ・クリムトに影響を受けていたが、20歳頃から作風が大きく変化した。彼は剥き出しの裸体を強調する絵を描き始め、自分を始め男も女も子供も妊婦もありありと露出させ、身体表現の可能性を探求した。

フランチェスカ・ウッドマンは1958年生まれのアメリカの写真家だ。芸術家の家族に生まれた彼女は13歳から写真を撮り始めた。その作風は、これまた自分を始め男女の裸体を強調するものだった。しかしフランチェスカの裸体は、ぶれやモノクロで背景と同化したり、部分を極端に強調するなどして、裸体以上の何かだった。彼女もまた身体表現の可能性を探求した。

フランチェスカがエゴンの作品を知っていたかは、寡聞にして知らない。しかし、彼らの作品は題材がとても似ており、私は共通するテーマがある気がしていた。

彼らの共通点の一つ目は、裸体を取り扱ったことだ。彼らの裸体は、エロチックさよりもそれ以外を強調していた。二つ目は、自分自身を題材としていたことだ。彼らは作品の中で、自分の裸体を曝け出し攻撃的に見えるぐらいに加工している。三つ目は、彼らが早逝だったことだ。エゴンは28歳で流行のインフルエンザにより亡くなり、フランチェスカは23歳で飛び降り自殺した。

私は二人の作品が大好きで、他作品にない表現のパトスを感じている。なぜこんな、痛みと哀しみと、それらから逆説的に導かれる生の衝動を描けるのか。

それはふたりの作品から漫然とただよう、自分の死、に関係するのか。安直すぎる理由付けである。フランチェスカはまだしも、エゴンは病死だ。しかしエゴンの人生をみると死がつきまとっている。父親の死と姉妹の死を経て、戦争、クリムト、そして妻。

エゴン、フランチェスカ、あなたたちが去ったことは、とても惜しい。私が生まれる前だとしても。もっと作品を残してほしかった。その衝動と情熱を描ききってほしかった……こんなこと思うのは、勝手だ。実に、勝手だ! 生きることは死ぬことだ。少なからず彼らはこんなにも情熱的に生きたわけであって、そして死んだわけだ。彼らの死をとやかく言う権利など、自分はない。そんなこと、わかってる。

 

今回の本題。個人的な話に移ろう。

早い話が、私は今年の年末に自殺しようと思っていた。年末に設定した理由は、準備するためと、せめてプルーストを全部読みたかったためだった。本当に、生きることが苦しくなっていた。連続していた物事はほぼ全て終わり、定期的に「お前はいらない」と告げられ、日常から意味が剥離していって、打ち捨てられたどうしようもない自分が残った。家事をしていても、なんともないはずなのに、涙がこぼれていた。

一番大変だったことは、憎しみから来る衝動だった。自分への憎しみが凄くて、方法は具体的に言わないが来る日も来る日も自傷していた(痕は残ってないが、ちょっときもちわるい)。起きざまに寝ぼけながら自殺しようと思ったこともあったし、家にあるものを使ってOで始まるDも試した。結果として、だめな私が残った。

今年の中頃(日記の記事のあたり)から、カウンセラーにお世話になっていた。病的な状態に限りなく隣接していると言われ、包括してもらった。心理の仕事を目標としている自分だから、やりやすい部分とやりづらい部分があったと思う。けれども、とってもよかった。嬉しくて、痛くて、悲しかった。とはいえ家に帰ると、むらむらと憎しみが湧き上がっていて、意味不明な独り言や、犬の散歩などでごまかしていた。振り返ってみると、カウンセリングを受けたことがもっとも良かったことだった。

10月に入ると私は自殺する意志を固めていた。死にたいと思ったことはない。でも自分を殺したいと思ったことはある。自殺とはよく言ったもので、自分の場合は客体として憎くて憎くてたまらない自分を殺すことを意味していた。

そしてある日、出来る限り徹底的に自傷してみようと思った。もちろん、そんなことはできなかった。憎しみの衝動に呑まれたのち、無我夢中で自傷していたら気が付いたらベッドで横になっていた。あれを酒で呑むか、目覚めて死んでたらいいのにな、と思った。

その翌日、なにが起こったかは詳しく言えないが、自分の問題が頭にいかづちのように刺さってきて、すべてがひっくり返った。

私の問題は、世界で一人ぼっちだったことだったと思う。もっと正確にいうと、勝手に一人ぼっちになっていた。私は家族がいて、愛犬がいて、花があって、友達がいた。けれども、私は一人だった。自分の思うことや感情がたくさんあるのに、それを表現しようとしなかった。いや、言い訳させてほしいんだ。そういうことができるって、思いつかなかったんだ。心の奥底では通じあうことを信じてなかったんだ。だから思いつきもしなかったんだ。みんなごめんね。みんなLOVEだ。意味不明でも猥褻でも、これはほんとうのほんとうに真理なんだ。だからおちょくったりからかったりつっついたりひにくったりしても、許してもらえることがほんとうのほんとうに嬉しい。

やがて、札幌には雪が降った。とてもとてもきれいで、生きててよかった、と思った。白いひとひらが舞うように落ちてきて、地面を埋め尽くすのだ。雪は生物学的に生きていない。けれども、彼らはひとつひとつがこんなに沢山あって、音もなく、深夜そっと降りてきて、朝になると人を驚かすのだ。そして、私はその作業の途中を目撃している。こんなに、こんなにうれしいことが、しかもたくさん起こるなんて、人生わけがわからないよ、なんで自分がこんなに感動しているのかもわけわからん、そのとき私は雪限界オタクだった。

いま、自殺したいと全く思わない。私が自殺したかったことをこぼした面々には、本当に迷惑かけたと謝るつもりだ。そして、私は心理の仕事を目指しているから、今年のことは参考になった。最悪なことばかり起きたけれども、なにひとつどうかムダにしたくないと思っている。

これを読んだあなたが私に対してどう思うか、それが私の心配だけれども、ひとつ言えることとして、あなたも自殺してほしくない。あなたが自殺しそうになったとき、私についったのDMでも何でも相談してほしい。お話でも占いでも、楽しいことがしたい。今は苦しくても、生きててよかったと思えることをぜひ手伝いたい。私は、強くそう思っている。

 

エゴン、フランチェスカ。私はあなたたちと、身体も時間も遠く遠く離れている。

だけれどもあなたたちの生の衝動は、引き継がせてほしい。

一日だけ日記を書く試み__2020年8月3日(月)

母親に呼びかけられ9時頃に目覚める。

曾祖母がそろそろとのこと。

いまだ半夢中。

きのうは労働に従事したのでなかなか疲れていた……のだけれども……

えっ、あ、そう……

それは……

思考より体が優先し、猛暑の中で車に乗り、緑草と青空を横目に長々と揺られ、或る日陰に差し掛かると病院へ着いていた。

病院の待受では母親の幼馴染がコロナウイルス対策の確認として出迎え、よくわからない会話をした。「えっあなた(母親の名前)のお兄ちゃん? うわー、誰に似たの?」「この家族で誰にも似たくありません……」思わず口に出たが笑ってもらえた。

曾祖母はベッドで眠っていた。かつて老人ホームで介護されていたが、昨日から目と口が開かないとのことで病院に搬送された。そして医者から祖母へ通告。それを母が聞く。そんな経緯。「あそこの病院は老人が最後を迎える場所」と母親から聞いていたのもあって、病室の陰影は陽光で翳った墓石のようだった。曾祖母が最後に眠る場所としてはわたし好みに過ぎる風景だったので、ちょっと後ろめたさを感じつつ、心の中でシャッターを下ろした。親しい人間の最期を描いた画家は少なくない。この風景をだれかが描くとしたら、うーん、ハマスホイに頼む。

 

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ヴィルヘルム・ハマスホイ『陽光、あるいは陽光に舞う塵』 (1900)

 

面会は、事も無げに終わった。寝ている曾祖母に、母親が呼びかける。曾祖母は、寝ているのか無視しているのか返事をしない。約束の10分は単純にやってきた。おそらくわたしと曾祖母の最後のナマの対面となった。心惜しくなかった。どんな現在も、どうあがいても過去になるから。

12時過ぎに祖母の家へ着く。病院の近くだったので寄った。あいかわらずの大きな家の大きな玄関に着くと、わたしは飼い犬(以下、「おれ」と表記する)をしつけた。おいおれ、おしっこすんなよ。先客として親戚がリビングにいた。顔も知らず年齢も遠く離れた親戚たちだが、おれのおかげで滞りなく会話できた。おれはしっぽを振りまくる!それはまるで会話の風見鶏だ!ビション・フリーゼは世界一かわいいイヌだ!

し∵J ←おれ

おれが愛想を振りまいている隙に、リビングから離脱する。久しぶりの祖母の家だったので、ちょっと探索してみたくなった。すると、曾祖母の部屋に出くわした。

曾祖母の部屋は整理されていたが生活感をもっていた。調度品が壁に寄せられ、部屋の真ん中になにもない空間ができていた。まるで、曾祖母が老人ホームに移住して間もない様だった。曾祖母は齢100近くだったあの頃でも、編み物や絵などものして器用さを保っていたし、思考や物言いから老いを感じさせなかった。老人ホームへの移住が決まった時、曾祖母は激情をもって抵抗したらしい。その事情はよくしらなかったが、あの柔らかい態度から想像ができなかった。

部屋主のいない部屋に足を踏み入れると、隅にあった箪笥にわたしの名前を発見した。小学校の入学式の名札が掛かっていた。そして幼いわたしの写真があった。曾祖母と写っていた。わたしの名前と顔はそこかしこにあった。老人ホームにいた時の曾祖母は、わたしの存在を忘れていた。わたしの名前も分からなかった。だけれども、わたしをみて泣いていた。誰だかわからなくてごめんねえ。そう言われてわたしは笑った。愛の幸福な結果は愛の対象を忘れることなのだ。忘れられるだけわたしは愛されていたのだ。そしてその愛の証左として、わたしの存在を表す記号が彼女の部屋にあるのだ。

部屋のクローゼットには衣装がしまっており、その奥に人ひとり入れる空間があった。幼いわたしはしばしばそこに隠れた。曾祖母は必ずわたしを見つけた。懐かしく思ったのでそこに入った。かくれんぼが好きだ、昔も今も。行方不明になってみたい。幼少からそう思っていた。痕跡だけ残して、気になった人が鬼になってくれればいい。若しくは鬼もいらない。人生はひとりかくれんぼ。満足したので曾祖母の部屋を出た。

帰り道、母親はあの親戚のうるるさについてうるさく話した。会話に出てくる親族は母方の親族ばかりだなと思ったが、そもそも父方の親族は死ぬか行方不明になっている人物ばかりだった。そして行方不明になっている方が多い。なんだ、わたしの運命はもう書かれているじゃないか。お母様、ご心配なさらず。あなたの面倒は弟が見ますので。何いってんの、誰からも面倒見られるなんてごめんだわ。そう言って母親はうるさく話し続けた。

夕方に帰宅すると、世界一かわいいイヌ、ビション・フリーゼのおれは、わたしにびっちりくっついてきた。おれは散歩に行きたいらしい。すまないがどっと疲れたのだと自室でわたしがベッドに横になるやいなや、おれはベッドに飛び乗ってびっちりくっついてきた。そしておれは寝息を立てた。そろーっとベッドから離れて自室を出ていこうとすると、ベッドでおれは屹立としていた。抗議の姿勢だ。

そのうち雨が降った。おれは雨をいやがるナイーブなイヌなので、もうすっかりうなだれていた。今日は散歩をやめとこう。そうだ今日も日記を試してみよう。その思い付きでキーボードを叩き、小一時間で22時に至っている。この後はなにも考えていない。

『去人たち』紹介/第一章「秋日狂想」から『去人たち』を読む

みんな大好き『去人たち』の記事を書く。今回の記事は二本立てで題目通りだ。

本文は『去人たち』の紹介記事も兼ねている。クリア済のかたはそのままお読みいただければ幸いだが、プレイしていないかたは下のURLにアクセスするか、ネタバレ箇所を読み飛ばして、紹介部分だけ読んでもらえれば幸いだ。「秋日狂想」に限ってネタバレしようと思うので、ネタバレいらないよという方は去ってよろしいです。「秋日狂想」だけをクリアした方でも読めるように配慮してありますので、ご安心ください。

http://kyojintachi.k2cee.com/#!home 

 

 

『去人たち』紹介__ノベルゲームの悪魔の所業

私が個人的に『去人たち』を強くおすすめしたいと思う人は、自分の生きている現実に対してなにか思うところのある人だ。自分の生きている現実とは、なんだろうか。そんな漠然たる思いを抱えている人に、ぜひプレイしてほしいと思っている。

 

さて、端的に、ゲームが奪うものは時間である。

恐ろしいことだが、ゲームはプレイすることで、プレイしなかったかもしれない時間を奪うだけでなく、ゲームをプレイした後の時間さえ奪うのである。そのゲームをやってしまったら、もう二度とプレイしなかった頃に戻れない__知ってしまったら、もう戻れない。

オープンワールドゲームが、なぜ流行るのだろうか? それは、プレイしなかった頃に戻れないからだ。プレイヤーの挑戦を求めるタスクが、無限のようにオープンワールドに配置されている。多くのタスクは連関しているから、プレイヤーは野菜を土から引っ張るようにずぶずぶ時間を費やさなきゃいけなくなる。タスクを終わらせると、消費したタスクとその結果が確認できて、費やした時間を横目にしながら楽しかったなと言わざるを得なくなる。これが『時のオカリナ』などの3Dゲームの極地という気がしないでもない。だから、わたしはオープンワールドゲームをクリアする度に、わたしゃ農家で、ゲームは土だなって思うわけ。それはわたしが育てた土壌じゃないけど。

『去人たち』は、ジャンルとしてはオープンワールドゲームじゃない。マップはたいして広いわけじゃない。だから一日や二日あればゲームはエンディングを迎える。自由度は高いわけじゃない。ほぼルートが決まっている。

しかし、『去人たち』は、オープンワールドゲームと比類する深さを持ったゲームだ。プレイヤーが相手にせざるを得ないタスクは、言語のかたまりであり、テクストだ。タスクは、テクストを理解せずとも、ポチポチやってるだけでクリアすることができる。

しかし、テクストを理解しようとすると、ずぼん!(水の音)

 

 

ノベルゲームは言語のかたまりなので、言語をどう理解するかにゲーム性が凝縮されている。言語はみんなのものなので、ゲームにおける言語のかたまりは、当然ながら作品内で論理関係が完結することができない。であるからして、ノベルゲームにおける言語はゲームのなかで最大の役割を果たす言語だ。

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『去人たち』/K2Cee

音楽が鳴るなかで背景と立ち絵とテクストがプレイヤーの前に現れる。この配置においてプレイヤーはそれらの意味を等価に受容するだろうか?

それは難しいと思う(わたしは研究者じゃないので断言はできない)。なぜならクリックして動く対象の多くはテクストだからだ。プレイヤーはテクストの意味をまず理解しようと務めると思う。ノベルゲームにおけるタスクは主にテクストなので、尚更そうだと思う。

『去人たち』のうまいところの一つ目は、そのテクストに文学のやりかたを持ち込んだことだ(主に去人たちⅡにおいて顕著)。文学といってもむずかしいことじゃない。そのやり方を持ち込んだだけので、文学をわからなくても『去人たち』はまったく読めるしとても愉快だ。注目すべきは、これによって『去人たち』はフリーのノベルゲームにおいて、異質なゲームとなったことだ。わたしは、寡聞にして同じようなゲームを知らない。

『去人たち』のうまいところの二つ目は、ノベルゲームの可能性を探索する表現だ。先からテクストの話しかしていなかったが、『去人たち』では最終的に音楽も絵も愉快になる。結果、異質さに磨きがかかり、プレイヤーはこのゲームでしか体験できない体験が得られるはずだ。

結局のところ、ゲームは時間を奪うことでなにを目指すだろうか?それは、感覚の変化だ。言い換えるとトリップだ。『去人たち』は、プレイヤーをトリップさせるにあたって、ほかのゲームとは異質なトリップを体験させてくれるだろう。

そのトリップは現実に影響を及ぼしかねない悪魔の所業かもしれない可能性があるために、くれぐれも注意しながらプレイすることを推奨したい。

 

物語の内容は、はじめミステリー・サスペンス的な展開が繰り広げられる。しかし話が進むにつれて、深刻でシリアスな内容となる。わたしの個人的な好みは、哲学チックな要素とセンチメンタルな要素がいい具合に絡まっていることだ。Ⅰのみ声優が声をあてており、これがまた名演だ。

また音楽が特段に良く、サウンドトラックが売られているのだが、未使用・イメージソングが数十曲も同梱されており、かなり良い。手放せないシロモノとなっている(そして、わたしが去人たちを忘れられない理由になっている)。

グラフィックについて書きだすと語りたい事が多くて止まらないので余り書かないが、油絵風のキャラクターはこのゲームの画面にとてもよく馴染んでいて、異質さを醸し出すと同時に印象付けさせることに成功している。立ち絵はいるいらない話をニコ生でしていましたが、この均整な立ち絵がかえって不安や寄る辺なさを漂わせながら美しさをたたえており美人画的な美しさが(以下略)

 

以下ゲームの画像。

 

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去人たち/K2Cee

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去人たち/K2Cee

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去人たち/K2Cee

 

第一章「秋日狂想」から『去人たち』を読む

※今記事は猫箱ただひとつ氏の次の記事を参考にさせて頂きました。

 猫箱ただひとつ氏に感謝いたします。

『去人たち』考察―精神病者は踊り狂い、傍観者は去っていく― - 猫箱ただひとつ

 

 

 『去人たち』「秋日狂想」は、本編に含まれなかったかもしれない内容で、グラフィック担当の吉川にちのさんの意図によって『去人たち』の導入を飾ることになったという経緯が、いつぞやかのニコ生にて話されていたと記憶している。(記憶があいまいなので、訂正があればお願いします)

その判断はすばらしいと思う。なぜなら『去人たち』という作品において、「秋日狂想」は『去人たち』という作品の構成要素が詰まっている章立てのうえに、なにより「秋日狂想」の物語だけでも単体の作品として楽しめるからだ。

「秋日狂想」は『去人たち』の物語の核心にほとんど触れず物語を冗長するので不要だという意見もあるかもしれない。物語の序章は、物語を駆動する歯車について説明し、結末を仄めかせ、いわばラストに至るまでのラインを白粉で引く。その役割からすると、「秋日狂想」は歯車の説明をするものの『去人たち』のグラウンドに白粉で線を引かず、物語の全体から顔にできた吹き出物のように孤立している。

しかし、ゆえに、なおさら、逆説的に、なぜ「秋日狂想」は導入を飾ることになったのか思考することが必要であると考える。作者の死というけれども、作者を無視していいわけではない。作品には作者の「意図」が必ず存在するとわたしは考えるからだ(糸、いと、イド……? あるいは、作者とは父-の-名だ、ゆえに厳密には無視ができない)。そしてその点でいえば「秋日狂想」は上述のように揉めたことがわかっている。

いわば「秋日狂想」は、生き延びたのだ。生き延びたものの語りを、理解してやれるだろうか? 理解しないで……と言われたときに、理解しないことがほんとうに正しいことなのだろうか。たとえ理解しない体裁をとったとしても、暗黙裡で理解したことにウソをつくことにならないだろうか。

わたしの主張は、「秋日狂想」は『去人たち』要素を隠喩・換喩的に漂わせ、『去人たち』導入の役割を持っているということだ。この主張によって、『去人たち』がなにを表現しようとしていたのかを、表現してみたい。

 

 

下記よりネタバレするよ_____________________________________

 

 

Ⅰ テクストを読むことに関する物語

霜の降つたる秋の夜に、庭・断碑に腰掛けて、月の光を浴びながら、一人おまへを待ってゐる

__『去人たち』「秋日狂想」(以下、引用は引用先から)

 

Ⅰと表記したが、話に区切りをつける目的で、筆者が勝手に分節したことを了承していただきたい。

今節のあらすじは下記となる。

 

・舎密部の「俺」宛てにダイレクトメールで水色の封筒が届いた

・中身の三つ折りの紙切れは何も書かれていないので指紋検証を行った

・浮かんだきた左手の手形は指が六本あった

・指紋を拡大すると上述の文章が穿ってあった

 

この時点での『去人たち』の特徴的モチーフを示してみよう。

まず、この時点で『去人たち』の特徴的モチーフのひとつの「テクストを読むこと」が登場していることだ。上述の引用文の内容をこのとき「俺」は理解しない。しかし、この先の展開では、あれやこれやと当てはめることになる。このときの「俺」の視点は、この文章に対するわたしたちの視点と重ねることができる。更にもっと大胆に解釈すると、『去人たち』という始めたばかりのゲームに対するわたしたちの視点と重なる。だから、このときの「俺」の視点は、メタな視点といってもいいかもしれない。

舎密部の「俺」に届けられたダイレクトメールは、「俺」の手を通してわたしたちに読まれる。読まれるテクストは、つねに別のだれかに読まれた=解釈された上で読まれる。わたしたちの読みは、だれかに読まれたテクストに由来する。わたしたちは、だれかに読まれたテクストを頼りに、物語=テクストを探索することができる。読んだテクストを頼りに、「俺」が物語を動かすように。

わたしは確信しているので、早々と結論を書いてもいいかもしれない__『去人たち』は、テクストを読むことに関する物語だ『去人たち』は、読むことによって探索される意識や現実を表現している。個々の登場人物たちは、読みによって、あるいは読まれることによって、または読まれたテクストを読み返すことによって、「生きていくための現実」(後に出てくる登場人物のセリフ)を探すのだ。

それでは、どのような意識や現実が探索されるのだろうか?生きていくための現実とはなんだろうか? ディテールはどうせまた後でも繰り返すので留保しておいて、次の節に移ろう。

 

Ⅱ テクストの快楽

「わたしの頭の中には、いつの頃だったからか、“透き通っているかのように肌の青白い、薄命そうな少女”が独り棲んでいて、それは“セーラー服”なんかを着込んでいて、そして月の光を浴びているの」

__少女

 

“どのような命題にも例外がある”という命題にも例外があるとすると、例外がないということになる。だから自己矛盾である。

__「俺」

 

今節のあらすじは下記となる。

・廊下でありすに出会う。出会いが語られ、黒い旗とか手相とかでいちゃつく

・真夜中に庭・断碑で盲目の少女に出会う。という夢を見て、少女と会った場所で点字の紙を拾う

・昼食。「俺」の奥さんの存在が示唆される。覚えのない吹奏楽部の盗難事件について翠子と会話を交わす

タツヲと仲良くおしゃべり。次の日に吹奏楽部員の転落事故が起こる

・遺体安置所にて盲目の少女と会話。探し物をひとつだけ見つけたと少女は言う。繰り返す言葉に出てくる少女は自分自身でないかと「俺」が指摘すると、全ての忘れ物を思い出したと言って少女は消える。入れ替わりに翠子が現れて会話する。

・捜査中に吹奏楽部員を盗み聞き、只埜の存在と、転落死した部員になんらかの骨が送られていたことを知る。只埜の姿を眺める。

・詰め所にてタツヲとの会話により只埜のプロフィールが判明。翠子の電話によって死亡事故が知らされる。

・音楽室で只埜のアリバイを確かめる。なぜかポケットから点字楽譜が出てくる。只埜は動揺する。

・詰め所で翠子と会話し、死亡事故の詳細について確認する。

・体調の悪い「俺」とありすの会話。(このとき記載される「丘の上のビョーイン」は、去人たちⅡの病院?)

・放送室で首吊り死体と盲目の少女を発見。只埜と翠子が入れ替わるようにやってくる。

 

今節では、『去人たち』の主要な登場人物が出揃う。このようにして書くと、プロットの優秀さがわかる。

いろいろ解釈したいことをさて置き、ここで言及することは「テクストを読むこと」がたくさん出現することだ。「俺」は読む。手相、点字タツヲと盲目の少女の発言、翠子の精神分析吹奏楽部員のデータと発言、只埜の様態。

また「俺」だけでなく、盲目の少女も読む。盲目の少女は、上述の言葉をうわのそらで喋るが、“透き通っているかのように肌の青白い、薄命そうな少女”は自分でないかと「俺」に指摘されると、納得したかのように消える。盲目の少女は、その時にこの言葉を読めたのかもしれない。

テクストは「俺」や盲目の少女に読まれ、次にプレイヤーが読む。プレイヤーは、読んだことについて想起する自由を持っている。ちょっと知っていれば、ああ中原中也だなとか、雀聖と呼ばれた男だなとかパロディを想起するかもしれない。『去人たち』の魅力はパロディ要素にもある。

 

Ⅲ 生きていくための現実を失いし者たち

 

美神の博士も病床で妄想を抱いていた。

だから、その妄想はその当事者にとっては許容しなければならない妄想であろう。

そしてそれを真実として受け止めねばなるまい。

死の床であるからそうしなければならない、

というのは死に特権を与えることになる。

その考えは改める。

これは『疑似』現実である。

だからそれが真実であると受け止める。

__「俺」

 

今節のあらすじは下記となる。

 

・相談室で只埜との会話。只埜は錯乱し、富絵の名前を口にする。富絵が喋る。

・詰め所で「俺」宛の住所に小指の骨が届けられる。小指を回収するという殺人の論理を思いつく。少女が登場し、自分は幽霊であると告げる。

・十七年前の音楽室の空間に視点が移動する。富絵と只埜康成が登場する。盲目の富絵は只埜から目玉を受け取っていたが「俺」に只埜へ目玉を返すように願う。

・現在の音楽室で富絵と出会う。富絵は胸中の気持ち、自身の死因、只埜の動機を告白する。という夢を見る。

・夢でありすと会話。夢の中のありすは指の骨のことを知っていた。ありすの死の恐怖を感じるもありすの姿で安堵するが、ありすは指が六本あった。

・詰め所にて目が覚めた「俺」は、翠子と会話した後に時間の非現実を感じながら音楽室へ向かう。音楽室にて只埜と会話し、只埜は自分は死んだと言う。そして呪殺を認め、富絵を発狂させたと言う。只埜は富絵への想いを告白し、消える。首を吊った只埜が現れる。

・詰め所にて封筒は未来の「俺」が自分に送ったものであると理解する。タツヲにいちごミルクジュースを指摘される。

・ありすと一緒にいちごミルクジュースをのむ

 

今節は展開が一気に急転し、只埜と富絵の物語はひとつの収束へ向かう。今節の特徴は、作品内で流れている時間が連続性を失っていることだ。富絵の出現で17年前に飛んだり、朝と夜が入れ替わる。その支離滅裂は「俺」が読んだテクストだ。したがって、作品内の時間の実際はまた別の話としても考えられる。

なぜ「俺」にとって時間の流れが支離滅裂に感ぜられたのだろうか?

今章に限って考えられる範囲で、現実的に考えられる理由として、「俺」の体調不良、自律神経の衰弱によって「俺」の観察する視点自体が“信頼できない語り手”になっているという仮説だ。つまりは「俺」が体感する時間が支離滅裂になっているというわけだ。だから上述の内容や、もしかしたら只埜と富絵は発熱したときに見る夢の人物で、今節の内容は調子を崩した「俺」が心理的な作用による幻覚との交流でカタルシス効果を得た__もちろんそういうわけでも支離滅裂の理由として妥当たり得る。

しかしそれでは、只埜と富絵をまったく無視することになる。時間の支離滅裂さを「俺」が体感するとき登場している人物は、この二人なのである。

只埜と富絵が、どのような人物なのか描出してみよう。まず、ふたりの関係を整理する。17年前、只埜は富絵を恋するあまり、抉り出した片目を富絵へ譲った。富絵は発狂し、六本の指を切り落として死んだ。時が経ち現在、只埜は富絵との思い出のピアノを傷付けた人物へ怨嗟の念を込めて富絵の小指を送り、呪法の媒介道具として機能させた。現世を彷徨う富絵は、自身の小指を回収することで呪殺に携わった。

只埜は、自身が発狂させたかもしれない富絵を恋心と後悔から忘れられず、富絵らしき影が出現すると錯乱する。(だから、なぜ小指を送ろうと思いついたのかは書かれていないが類推すると、匿名的な仕返しと、富絵に対する気持ちの断念を兼ねていたのかもしれない。小指を送った人物が亡くなるにつれて、もしかしたら富絵に会えるかもしれないという気持ちが沸き起こると同時に、自分に復讐しに来るかもしれないという気持ちが入り混じっていたのかもしれない。

自ら富絵に殺されることを望んでいた只埜は、六本目の小指を手放さなかった。死後、富絵と同じく幽霊となっていた只埜は、富絵から「俺」を通じて目玉を受け取ることで消えた。

 

「両目で見たって偽物の世界は所詮偽物なんだよね」

__只埜

 

両目を手に入れた只埜は上述のセリフをこぼす。

只埜にとって片目は富絵に月の光を見せるものであり、自分への愛を確かめるために富絵を狂わせるためのものだった。

なぜ只埜はそのようなことをしなければならなかったのか__今更になって書くことの無粋さを感じてきたが、ここまで来たら一蓮托生だ。それは、この偽物の世界において自分が愛されるわけがないと感じていたからだ(そして富絵も同じことを言う)。今章においては、過去で描かれる以外に只埜と富絵が気持ちを通わせることはない。唯一、片目の返還を覗いては。

只埜にとって、片目の返還はどのような意味があったのか。少し俯瞰してみれば、これはただの返還ではなく、交換であることがわかる。只埜は片目を富絵から受け取り、富絵は指の骨を只埜から受け取った。そして只埜も富絵も消えた。問いを変えてみよう、この交換がふたりに齎したことはなんだろうか?

富絵はどのような人物なのだろう。富絵は自身を幽霊という。彼女が幽霊となった理由は、下記のセリフに語られている。

 

「ええ、ずっとずっと忘れていた。どうしてわたしがこの世界を彷徨っているかも知らなかった。でもこれはこの指のせいだった。知っていて? 天国も地獄も不具者は入れてもらえないの」

__富絵

 

富絵はなんらかの因果__「俺」は共謀と指摘するが__で指を取り戻す度に、指を持つ人物を死へと導く。この指は、自身の葛藤や不安、また死の想念が分離されたものだ。富絵がうわのそらで話すセリフは、小指として分離された人格のセリフかもしれないと想像がつく。

 

「頭の中の少女は、指が動くと操り人形のように動き回る。逆に頭の中の少女がその指を動かそうとすれば指は勝手に動いた。その指は常にわたしを殺すことを企てていた」

__富絵

 

富絵もまた、自分が愛されるわけがないと考える人物だ。(『去人たち』をクリアしたのプレイヤーのかたは、こうした人物を他にも想起してもらえれば、わたしのこの節における結論をなんとなく予想すると思う)

 

「わたしは機械じゃない。だからこの指を切り落とすなんてことは絶対にしたくなかった。父も母もわたしの指を忌避し、そして瞽であることを忌避し、わたしを親切丁寧に社会から匿った。わたしは瞽だから指が六本あることになんの疑問も抱かない。みんなが五本の指しかもたないことも中学になるまで知らなかった。みんな、不具者であるわたしを差別感によって親切に接し身体的欠陥には触れないよう触れないように、頻りに気持ちの悪い配慮をしてきたせい。わたしの指がおかしいことに気付いた時にわたしは深い孤独に陥った」

__富絵

「『みんな、わたしをいじめた。あなたは仕合わせ。わたしだって仕合わせになりたい。わたしを愛して欲しい。わたしが誰か教えて欲しい。わたしを生かしてほしい。死にたくない。泣きたくない。悲しみたくない。苦しみたくない。みんなと一緒に笑いたい。わたしが彼を苦しめるなら今すぐに死んでしまいたい』わたしが言いました。それは不思議なことだと思う?」

__富絵

 

富絵にとって片目は重荷だった。それは、愛されないはずの自分を愛してくれる人物がいるという現実を富絵に突きつけたからだ。そのことは「見えている月の光は違う」と富絵が強調する部分から読み取れる。(富絵は指を切り離す前から人格が分離していたのかもしれない。愛されないのは自分のせいだとする自分と、愛されないのは他人のせいだとする自分がいたかもしれない。いわば富絵の指は復讐したのだ。自分に向いていた破壊の欲望が、分離したことで他人に向いたのだ。)そしてその突きつけは、富絵が指の骨を切り離す契機となる。

そうして富絵は、時間が止まってしまった存在として「俺」の前に現れる。 「俺」は偶々にも、“透き通っているかのように肌の青白い、薄命そうな少女” が富絵自身であることを読み、教える。富絵はそれを読むことで、分離した自身を回収する。

「俺」にとって時間が支離滅裂に感ぜられた理由は、はっきりいってわからない。今章のみだと論理的にはっきりしない。でも、もしかしたらこのような回答ができるかもしれない。「俺」の意識が、時間が止まってしまった富絵の意識と感応した。あるいは、只埜と感応したのかもしれない。なぜなら、富絵の表象は只埜のものだからである。止まってしまった時間は、他者に感応した「俺」の時間に貫入する。結果「俺」の時間は支離滅裂なものとなった。

或いは此の言い方もどうだろう__時間とは他者の数だけ存在する。そして時間は、他者と同じ長さを持っているわけでない。それはわたしたちの「現実」の進展に依存するものだからだ。

 

「でも十七年前も現実と同じように一年ある。あなたが一年を感じると同じだけの時間がね」

__富絵 

少女に時間などは関係ないのだ。認めたくない存在である。そして彼女は言っているのだろう。本当はこの世に時間など存在しないのだと。

__「俺」

 

時間の問題をやや投げやりに、時間が止まってしまったということでなにを表現しているのか考えてみたい。それは「生きていくための現実」が失われてしまったということだ。

無粋を承知して定義すると、「生きていくための現実」は、自身と他者に共通するコンテキストにおいて、一次的に成立している事実である。その機能は、自身の言行や認識を根源的に理由付ける。それはトラウマ的であるために、言語でそのすべてを語ることができないが、言語によって、テクストを読むことで接近することができる。

富絵のとっての「生きていくための現実」は、愛される自分という現実だ。なぜなら、愛されないはずの自分が愛されたとき、愛される自分という現実に耐えきれず、富絵は死んでしまったからだ。そのことは只埜も同じであり、迂遠な仕方で富絵の愛を確認した只埜は指を手放さず、死んだ。

生きていくための現実」と言いながら、富絵と只埜は死んでしまったではないか!と思ったかもしれない。それは正しい。なぜなら、「生きていくための現実」は、それを手に入れることが必ずしも生きていけることを意味しない。なぜなら、「生きていくための現実」は、無意識にそれを知りたくないがゆえに妄想で覆われているからだ。「生きていくための現実」に接近することは、それが受け入れがたいものであるから、否定、否認含みの接近となるからだ。

そして富絵と只埜は、片目と指の交換を通して自らの失ったものを取り戻した。その失ったものは、まさしく、それこそが「生きていくための現実」を象徴していたのでないだろうか。

理解しやすくするため構図化すると、富絵にとって片目は、愛される自分(という生きていくための現実)を否定する象徴だ。只埜にとって指もまた、愛される自分(という生きていくための現実)を否定する象徴だ。

そして、その交換が象徴的であるならば、一節で述べたテクストの構図に重なるのでないだろうか。「俺」によって読まれた富絵のテクストを只埜は読み、「俺」によって読まれた只埜のテクストを、富絵は読んだのである。

さて、長々とやってきた。これらのことから、わたしの今回の記事で主張したいことのふたつ目は次のことだ__わたしは誰もが口にしなかったから、もしかしたらと思って口をつぐんでいたけれども、やはりここまで来たからには書かなきゃいられない__『去人たち』の特徴的なモチーフ、あるいはテーマは、生きていくための現実を失いし者の悲哀だ。

富絵と只埜に限らず、『去人たち』の登場人物の多くは「生きていくための現実」を失っている実感を持っている。『去人たち』を駆動させる動力源は、「生きていくための現実」を失っていることに対する抵抗である。そして、その抵抗は、読みによって、あるいは読まれることによって、または読まれたテクストを読み返すことによって、登場人物たちはおこなうのである。

こうしてみると、こう書いたら怒られるかもしれないが、「秋日狂想」はただでさえエモい『去人たち』のなかでも、全体から際立ってエモい__愛されないと思っていた人たちが、愛し合うことですれ違って、愛を確認して死んでしまうのだから!

 

さて、なんとなくいい所まで来たと思うので、まとめてみよう。

「去人たちにおいて表現されていること、そのひとつ目は、探索としてテクストを読むことである。読むことによって、あるいは読まれることによって、または読まれたテクストを読み返すことによって、登場人物たちが現実や意識を探求するさまが表現されている。またふたつ目は、「生きていくための現実」を失いし者たちの悲哀である。「秋日狂想」においては富絵と只埜が「生きていくための現実」を失いし者たちとして描かれ、彼らは象徴的な交換=テクストを読み合うことによって、「生きていくための現実」を取り戻そうとした。この構造は『去人たち』を貫いて表現されていると考える」

以上!

 

 

 「真実を知っているみたいに、正しいことを、ただ正しいという理由であたしたちに押し付けないでよ!
あたしたちが欲しいのは決められた真実なんかじゃない!
生きていくための現実なのよ!」 

__『去人たち』「つみびとをして」東久邇翠子

 

 

 

 

 

 

ここからネタバレおわり_____________________________________

 

 

 

 

 

 

補遺・自己批判__さて、本当にこれが『去人たち』で表現されていたことだったろうか?

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去人たち/K2Cee

今記事の読みの問題のひとつは、印象的でテーマ主義であることだ。テーマを抜き出すことは、自己の投影と表裏一体である。だから、結論が妥当かどうかは全くわからない。もうひとつの問題は、暗黙に精神分析の方法を使用していることだ。くわしい人は語彙からよくわかったと思う。さらにもうひとつの問題は、部分から抜き出した要素が『去人たち』全体に当て嵌まるのか、そしてその要素は『去人たち』だけが特異に表現していることなのか検討できないことだ。

だからわたしが求めている反応は今記事を『去人たち』読解への叩き台としてつかっていただくことだ。

言い訳として、わたしはテーマ主義の読み方をあえてするしかなかった。

『去人たち』の記事は、いまインターネットアーカイブからどんどん見えなくなっている。

誰かが書かなければ『去人たち』が忘れられないかという不安がある。

そして『去人たち』の試みが理解されないものとして理解されてしまうかもしれない悲しみがある。

理解されないのはもしかしたらもっともな反応かもしれない。

しかしそこで意味を受容したわたしが存在する。

たしかに存在するのか? 

ああ、ああ、そういうことだったのか歌穂。

わたしたちも上手に去ることができませんでしたよ。

 

 (終)

 

思い出語り_『ふたりのヌーヴェルヴァーグ』

 『ふたりのヌーヴェルヴァーグ』を見た。内容は1960年代のフランス映画の主要人物であるゴダールトリュフォーの出会いと決裂を描いている。

 ゴダールトリュフォーもわたしは結構見た。理由はオタクの求心力があって単純に暇だったからだ。二人に関する本も結構読んだが、内容は断片的にしか記憶していない。

 だから、まじめな文章を書けないことを言い訳しておく。多汗症による手汗もひどくて、レトリックに凝る気すら起きないと言い訳を二段重ねしておく。そして、思い出語りなので映画の感想より個人の回想の方が長いと三段重ねしておく。

 今回の話題といいますとね、ゴダールトリュフォーどっち派ですか?という問いですよ。

 それは、わたしがヌーヴェルヴァーグの映画を集中的に見ていた頃へ遡る。わたしの友人にはシネフィルがいて、彼は映画館でアルバイトして映画を年に三百ほど見て、ついでに熟女好きだ。熟女好きは当然ヌーヴェルヴァーグも見ており、当時わたしたちはゴダールトリュフォーやハスミンで盛り上がっていた。

 熟女好きは、ジガ・ヴェルトフ時代いわゆる政治化したゴダールを見ていなかった。単に見る機会がなかったのと、前評判から見る気も起きなかったのだと思う。ジガ・ヴェルトフ時代のゴダールの映画は、いろんな人が評しているから他を当たってほしいが、まあ単純で簡潔に節操なくあけすけに野蛮な言い方をすると難解だ(映画の雰囲気をわかりやすく伝えるために難解と表現しました)。わたしは68年フランスやマルクス主義運動の本に親しんでいたから、たのしい知識を得ようという心持ちでジガ・ヴェルトフ時代のゴダールを見たが、ほーん、中国共産党に共感してんだな、という具合で主張を十全に咀嚼するでもなく映像の実験場としてたのしんでいた。(映画中に寝るのってたのしいですよね?)

 わたしと熟女好きは、ゴダールトリュフォーの映画の手法について話し合っていた。わたしはその頃トリュフォーは好きだがダサくないか?と思っていたから、映画理論や政治と映画という本を読み、いわんやゴダールに転移して「映画オタクくんさあ……」といういっぱしの口を叩いていた。一方で熟女好きは、「いやでもさあ……」とわたしに反論するでもなく口ごもっていた。

 懐かしい記憶の話題はここで終わる。

 久々にゴダールトリュフォーヌーヴェルヴァーグとの名詞に触れ、映画を観覧したが、今やわたしはあの時と違う話が出来るのでないかと思い至った。

 ゴダールに転移していた理由は諸々だが、一番は政治が問題意識にあったからだと思っている。政治は政治でも「内閣は毒電波によるキノコパワーで国民を無力化している」という言説でなく、「わたしたちはわたしたちのことをどうするのか」という広い意味の政治であって、更にそのテーマにおける「創作の受容」という問題意識だった。つまり、例えるなら「表現で人を傷付けるかもしれないことに自覚的でいよう」という言説の周辺に興味があった。

 当時わたしと熟女好きは組織に所属していて、組織でバカ面白いことをやろうと息巻いていた。それはパフォーマティブな反復で、観客から銭か塵が返ってくるような思い付きだ。実行され公表されたが、結果は思い描いた予想をもちろん下回り、内輪で消費された(と思う、しかし僅かながら嬉しい反応はあった)。

 というわけで、興行も乏しく作家的な試みに挑戦していたジガ・ヴェルトフ時代のゴダールに転移していたと説明したら、納得いただけるだろうか?(べんざカバーの自我調べによると納得しないでほしいとも意見もあり)

 けれども『ふたりのヌーヴェルヴァーグ』をみて、思いがけず今のわたしを代弁したのはトリュフォーだった。

 トリュフォーのお抱え俳優ジャン・ピエール・レオに向けて、ゴダールトリュフォーの『アメリカの夜』とレオの態度を批判する手紙を書いている。トリュフォーはレオに代わってゴダールへ20ページの返事を書き、この手紙によって二人は決裂してしまった。との脈絡が『ふたりのヌーヴェルヴァーグ』でナレーションされている。その手紙の内容は恐らく調べれば出てくるので、気になった方は見てほしい。

 まあ、いわばゴダールトリュフォーは政治的態度から反発し合ったわけだ。その後ゴダールは政治映画を作る一方で、トリュフォーマティスの絵を回想しながら芸術に政治は必要なく芸術は他者のためにあると述べて(要検討)、自分の作風を転回せず1984年に逝去した。

 上の通り朧げなんだけど、わたしはトリュフォーの語りに共感した。わたしはいま時間があることを良いことに、多くの作品に接して自分の世界に没頭しつつある。政治の話は聞きたくないわけじゃないが、つまらないだろうとの予測のもと、つまらない話しか聞いていない。もちろん現内閣による驚愕の陰謀、秘密、スターウォーズ計画などが暴かれても、結局のところ利権や外交関係に尽きるだろう。政治の現実はたぶん、つまらないし、そこはわたしの住む場所じゃないと感じている。そして、この話題は政治にアンガージュマンしたくないと言ってるわけじゃないと先んじて言っておく。

 言いたいことは、ゴダールトリュフォー両者の態度のバランスは取れなかったのか思案してしまったことだ。正直なところ、ゴダールトリュフォーも言葉の表面によるすれ違いなだけであって、想像界の双頭的関係による無意識的な衝突だったのでないかと考えている。ちなみにわたしはトリュフォーの態度をあの頃けなしていたけど、今や正直な態度でいいなと感じるし、トリュフォーゴダールと同じくらい好きで、事実として見た映画の数ならトリュフォーの方が多い。

 「バランスを取る」とはどういうことなのか? わたしが言いたい方向は弁証法チックだが、それは不可能な弁証法かもしれない。芸術と政治はよき夫婦でなく、その結婚も悪い予感しかさせない。

 しかし、ゴダールは映画の中で見過ごせないことを述べた_「映画で現実を学んだ」。映画の写す現実とはなにか? それはミニマルな現実なのか? もしくは享楽の体制を見せかけにしてしまうような現実なのか? 

 芸術性や政治性という要素の、バランスを欠くことない創作とはなんだろう……『勝手にしやがれ』と『大人はわかってくれない』をもう一度見たいと思った。

 もちろんこのバランスは、ヌーヴェルヴァーグに後続する映画監督ならば、けりをつけるなど何なりして意識の過程を経て表現していると思うし、ファンもそうだと思う。このわたしの疑問はわたしの人生の一回性に依るものだ。熟女好きと、また話さなければならない。

 そんなわけで、『ふたりのヌーヴェルヴァーグ』は、私にとって回想の機会を与え、或る躓きと或る着想に関する映画だった。いつのまにか手汗がひいている。食事にしよう。

去人たちと私

去ってもよろしいでしょうか。


私が『去人たち』をプレイして早……覚えていない。とりあえず幾数年とだけ。

去人たちについて何度も語ろうとした。それでも私は語ることができなかった。なぜか? それは去人たちがそのような効力を持ってたからだと、確信をもって言える。ひどいと思われるかもしれないが、しかし何とも動かしがたい事実として、「去人たち」と検索してみよう……いや、きっと、去人たちが好きな人ならこれ以上なにも言わずとも、この話題から


去ってもよろしいでしょうか。


なんで去人たちに辿り着いたんだろう? 作者らがやっていたニコニコ生放送でも、この話題はあがっていた。「去人たちプレイした人ってどこ経由なんでしょうね?」んー。私も覚えてない。まったく覚えていない。レビューサイトという声が多かったが、私もレビューサイトを見た覚えがある。どこだったかは忘れた。当時、フリーゲームを漁ることにハマっていて、ニッチでエッチなゲームをいかに発見するかに執念をかけていた。他にもホラーゲームが好きなので、もともと使っていたPCはフリーホラーゲームの海の藻屑と化している。となると……
フリーホラーゲーム→ニッチでエッチなゲーム→去人たち……?


去ってもよろしいでしょうか。


当時、たぶん中学生だったこともあって内容は全くわからなかった。理解力がいつもコース半周遅れている私なので、去人たちⅠにあたるシナリオは二周して「アッ!!!!!!!!!!!ソウイウコトダッタンダ!!!!」という反応だった記憶がある。二周させられた。なにが何だか分からなくても、強烈なカタルシスがあった。作者らのニコニコ生放送(※異化、美の去人たち)で、作者たちは「感動モノにしたくなかった」といっていたが、やややややや!!二週目で思いっ切り泣いたヤツがここにいる。気持ち悪いな。
去人たちⅡはどうだったろう。私は、この世でいちばん読んだ物語は去人たちⅡであると胸を張るまでもなく言える。それでも、やっぱり……暗闇。目を覚ました私は、部屋の電灯をつけるため「そこ1」に足を置いた。そして「そこ2」から足を踏み出す。それから「そこ3」に手を置くも、スイッチがないことがわかる。経験的感覚で指先を駆使して「そこ4」を探るも、スイッチはみつからず、いまだ物語は暗いままで、私はもう寝ることもできないまま、スイッチを探し始める……そのためには、まず「私の部屋である」という事柄に疑いを差し向けなければならなかった。乱暴に手を振り回して、壁との接触を試みるも、壁だった場所を手が通る。えっさほいさ状態。どじょう掬いとかやっちゃう?
いいえ。歩き出すしかなかった。部屋を明るくするために、歩き出すしか無かった。そうして一歩を踏み出した私。歌穂に手をとられたのか、やがて臨床心理の道をたどることになる私。あの虚構船団を読んだ日の頃の私。


去ってもよろしいでしょうか。


やがて私は、美術高校生をやっていた。相変わらず、去人たちをやっていた。なにもわからないままから、少しわかるようになっていた。筒井のオマージュであるとか、lainのオマージュであるとか、中原中也であるとか、薬菜飯店とかだ。しかし、オマージュであるということはわかっても、肝心のゲーム内容は何を意味しているかわからない。薬菜飯店もわからん。どうすんのよ。意味わかんねえよ。むきー。そうだ単語がわからん。「超越論的統覚」。調べる。「デストルドー」。調べる。というわけで私は、フロイトを読み始めて、哲学を読み始めて、現代思想の坂を転がっていく……しかし、それは言い様のない場所、虚無、目と耳のあいだの空間、“対象”への接近だった……。


去ってもよろしいでしょうか。


春の桜が散るころに、私は去人たちを卒業していなかった。去れなかった。
ところが、去人たちで開かれた道は多くの恵みをもたらした。
いま、詩をやっているし、絵も続けているし、とにかく様々なことに関われている。読書なんて生命活動の一部となった。今期から新しい挑戦をするだろう。将来選択だって、歌穂ちゃんを追っていると何故だか臨床に携わることに。安易なカタルシスに身を任せて、ここで筆を置こうとしているわけでないよ?よ?よ?しかしそれでも、私がいまここに在ること、それは去人たちのおかげであると書きたかった。こんなことだけじゃない、私が感じていることは。書きたいことは書けない、今も。


去ってもよろしいでしょうか。


デバッグをやったこともある。去人たちZEROプロローグのだ。私は「ムーミンだけは俺を殺せる」とかいう、訳の分からん偏執的な一文を名前として登録していたので、それが載ったエンディングを見たとき冷や汗をかいた記憶がある。まあそれもよいでしょう。(よいのか?)いいんだよ。それと、「去人たちwiki」、編集できない。回数制限をかけられてブロックされてしまっている。下書きを残そうとして、何度もページを更新しているとシステムにスパムと勘違いされてしまった。マズい!サツだ!ささーっ。管理人さんは見ているなら私に権限を譲渡してください。


去ってもよろしいでしょうか。


せっかくここで終わるのも勿体ない気がしたので、ひとつゲームに関して言えることがあるとするなら、Ⅱのエンディングはハッピーだと思います。誰にとってのハッピーか? それは精神病十種の患者たちにとってです。


去人たちのこれからを祈って。

無為とか無駄とか一切わからない。

時間の流れが全体的にかなり遅く、しかし瞬間的にかなり早い。これはどういうことだろうか。気付くともう、こんな時間。だけども一日しか経ってない……そんな気分で毎日を過ごしているが、無為に過ごしたとか、そういう後悔はないから充実しているのかもしれない。不思議だ。私はワタシがわからない。私のために費やされる予定だった資源、私のために私を待っていた資源、私のために到来する資源、そういうものはない。無為とか無駄とか一切わからない。ついでに効率もわからない。
油絵を描きました。すごく観念的で幸せで気持ちいい絵だと思います。カ・イ・カ・ンしたい方はぜひ。開眼しましょう。えどこでやってるかって? 私はワタシがわからない……。


さて本題だ。金銭的余裕が増えたので、毎日のように私は映画を見て本を読んで過ごしている。毎日毎日来る日も来る日も、本本本本映画本本本映画……心はブルジョワ、立場はプロレタリア、生きるのが困難! 言ってみただけ。

ゲンズブール親子ともに好きなので、この映画を見ました。言っては悪いが、ひどい映画だ。娘と父親のホームビデオじゃないか。最後のほうで虚構性を明るみに出したオチをつけているが、いやいやいやいや娘が好きなだけでしょ! 娘が好き。将来の父親である(かもしれない)この私にも、それはよく分かる。自分の娘はものすごくかわいいなんてこと。
実際に子供がいるかどうかはここで問題じゃない。飛躍するが、創作とは自分の子供をこしらえることでないだろうか? 私はなんとなくそんな気分がしている。子供について客観的な判断を下すことは難しいし、足りない部分は揃えてあげたくなるし、何よりも親の私が私の子供を一番好きだ……そういう意味で、全くこの映画はひどいが、とても好きだ。


今回の油絵についても、同じことが言える。
みすぼらしいし、きたならしい、愛らしい。

曲がり角は無修生です


今回は油絵を描いた。
去年の冬か今年の初めだったか、それくらいの時期に声がかかった。主催者とは「よい仲」であって、たぶん一番近い表記は「戦友」だ。闇の中を共に潜り抜けた。そんな感じの。
そんなこんなでお声がかかった。当時は「アングラな感じ〜」と聞いていて、なるほどそれで私に声をかけたのか、と思っていたけれども、見てくだしあ。画像。これ。風? 薫る? ポストカードがとても爽やかですね……曰く、「なんかそうなった」らしい。
ポストカードに載せる詩を書き下ろしていたのだけど、“爽やかが全裸で逃げ出す”内容だったので、全体の調子を欠くとかでボツになった。しかし「私はあの詩好きなんだけどな〜」と言ってくれた手前、ボツのままというのも勿体ない。なのでポートレートに載っていると思う。

本題。今回は油絵に挑戦した。
かつて私は油絵が大嫌いだった。色が混ざる。筆が汚い。油臭い。思うように色が作れない。つまりどうにも手間が掛かる。同じ筆絵の水彩は油絵の嫌な理由が水で濡らせば解決するから、嫌いでなかった。ただし好きでもなかった。もともと色塗りが好きでなかった。ブログを見てくれてる皆さんは知っているかもしれないけど、私がネットに挙げている絵は殆どモノクロだ。どうして色を塗らないかって? 特に深い理由はない。色塗りが本当に好きじゃなかった。だから油絵も好きじゃなかった。
やがて時を経て、ヨーロッパ美術史の勉強をわりと真面目にやった。それから絵画も見るようになった。読書好きが高じたという理由もある。私の好きな映画監督デヴィット・リンチのインタビュー集や、彼の作品の絵画を見ているとなんとなく油絵がやってみたいなあ、なんて気持ちがふんわりと沸き起こってきて、それからフランシス・ベーコンの画集を見て、完全に踏み切った。「勇気づけられた」……違う……「励まされた」……違う……「彼のパッションに当てられた」。ベーコンは肖像画が特に好きである。見たままのイメージをキャンパスに流し込んでムリヤリ鋳造するようなその暴力性。そして出来上がりの躍動感はあまりにもリアルだ。私はその芸術性に力強く握られて、きたない汁をドバドバ吹き出すしか無く、気付くと油絵にそれを塗りたくっていた。人間的な、あまりに人間的な!
詩を書き始めてから感覚が変わった。私の過去の作風を知っている人間なら、そう感受してもらえると思う。全身の肌を取り替えたと言うか。でも流れる血は変わってない。相変わらず変なことをしているし、もしかすると場違いかもしれない。それでも今回の自作はこれまでいちばん愛せる絵になったと思う。見てもらえるとわかると思うが、人のために描いたってこともある。だから作品づくりでやってしまう私的なクセを意識的に抜けた。今後もそれをどう抜くか手心がわかったし、どう作るかも分かった。方法が見えたのだ。ラカン精神分析のおかげでもあります。

恐らく自分の曲がり角でありながら、これからは胸を張って絵画の代表作といえる作品ができたと思う。そんなこんなで風薫る皐月展をよろしくお願いします。

ジャック・ラカン 精神分析の四基本概念

ジャック・ラカン 精神分析の四基本概念

@goodbyewoosiete